Minoshiro Yoshida
Photo Book
『INHERIT』
2021/2/3刊行
Minoshiro Yoshida × Hisae Higuchi


一冊の本ができるまでに様々な課題があるものの、
写真集『INHERIT』の制作過程で最も印象的だったのは表紙の写真選びだったように思う。

選ばれたのは、真夜中の公園の「噴水」の写真だ。
それは、制作の初期段階では予想もしない選択肢だった。

長年にわたり色濃く人形に対峙してきた著者が、「文楽人形の写真集」と銘打った処女作の顔で、
あえて「人形」から離れるのは簡単なことではない。
だが、実際のところ、表紙に真夜中の「噴水」の写真を提案した簑紫郎は、
そんな固定観念を軽々と飛び越えてしまった。

直線上に無いピースをはめ込むと、
描いていた絵の景色はガラリと変わる。

印刷所での校正が始まったある日、この表紙の写真を見た業界の重鎮が呟いた。

「カミオカンデの写真を思い出すな......」

ドイツを代表する写真家アンドレアス・グルスキーの
黄色が印象的なカミオカンデの写真のことだ。

広角レンズで切り取られた幾何学的な世界。
色彩感こそ違えど、二つの写真には、「不思議な視覚体験」という意味で
確かに通ずるものがあった。

想像もしなかった、二つの点を繋ぐヴィヴィッドな連想は、
これまた気持ちよく境界を飛び越えていて、思わず興奮した。

「文楽人形」 「真夜中の噴水」 「カミオカンデ」

それぞれのマテリアルが写真の中で放つ質感が、
ファインダーを覗く視点の特異さを際立たせる。

作品は生き物だ。
作る側にとっても観る側にとっても、多層的であるから面白い。
操り操られ、繰り返しページをめくって見返すたび
世界が現れまた消えてゆく。


Poster
Photograph by Minoshiro Yoshida
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